合格祈願・学業成就の神様 菅原道真公

菅原道真の誕生日は6月25日ではない!?

菅原道真の誕生日は6月25日ではない!?

こんな疑問にお答えします↓
  • 菅原道真公の誕生はいつ?
  • 旧暦と西暦で違う?
  • 「25日は縁日です」ってどういうこと?

Mr.michizane

(株)合格(@gokaku_company)です。
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菅原道真すがわらのみちざね公は、学問の神様として日本でもっとも知られた神様のお一人です。

豊国大明神ほうこくだいみょうじんと呼ばれた豊臣秀吉や、東照大権現とうしょうだいごんげんとあがめられた徳川家康などと同じく、人間としての生を全うされ、後の民衆から崇敬を集めた結果、神様となった方です。

神になる理由はポジティブな理由とネガティブな理由があるのですが、別の機会に詳しく解説していきます。

菅原道真公は、承和12年6月25日に生誕したと史実では紹介されていますが、西暦だと違います。

 

こんにちは。
(株)合格のヒロキタ・マイです。

神社仏閣が好きすぎて、太宰府天満宮の参道にある会社に就職した個性的すぎるアラフォー女子です。

そんな私が、菅原道真公の生誕秘話について詳しく解説していきます。

菅原道真の誕生日は6月25日か8月1日か

菅原道真の誕生日は6月25日ではない!?

菅原道真の誕生日は、承和じょうわ12年6月25日であるとされています。

承和とは、仁明にんみょう天皇時代の西暦834年から西暦848年までの期間を指します。

菅原道真公は、この承和「西暦834年から西暦848年までの期間」に生まれているのですが、よくある間違いとして、承和という年号の時代の6月25日だと思っている人がいるということです。

例えば、この記事は令和3年4月16日に作成しています。

これを西暦に直すと、西暦2021年4月16日になりますよね。

菅原道真公は承和12年に生まれているということは、承和12年=西暦845年です。

ということは、承和12年6月25日誕生西暦845年6月25日だと思っちゃいますが・・・
違います。

なぜ・・・?

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菅原道真の誕生日は旧暦6月25日で知られ、西暦8月1日では誰も知らない。

繰り返しますが、菅原道真の誕生日は承和12年(西暦845年)6月25日といわれていて、6月25日には全国の天満宮の一部では、生誕祭などの祭事が行われます。

ところが、誕生日であると言われている6月25日は、実は「旧暦」と呼ばれる暦(こよみ)のルール上の日付となるんです!

結論から先にお伝えすると、6月25日は現代で言えば8月1日であり、菅原道真の誕生日は西暦845年8月1日です。

現代の暦(こよみ)は新暦、またはグレゴリオ暦と呼ばれ、太陽の回転周期をもとにつくられた暦(こよみ)の一種です。

一方で旧暦は「天保暦」とか「時憲暦」などといい、月の満ち欠けに基づいて作られた太陰太陽暦の一種なのです。

すごく昔 → 宝暦暦 → 寛政暦 → 天保暦 → 新暦(グレゴリオ暦)
と、日本一国だけでも数多くの暦(こよみ)を使ってきていて、微妙に違いはありますが、要するに旧暦とは太陰太陽暦のルールでの暦(こよみ)のことだと考えればいいと思います。

私たちの生きる現代、年号(令和)と西暦は完全に統一されたルール上にあって、一体化しています。

しかし、年号、西暦、旧暦が混ざり合った歴史上の人物の出来事を知るには、多少は旧暦と新暦について知る必要があるのかも知れませんね。

コロナ禍以前、中国や韓国の人々は、日本に押し寄せました。

ビジネスの世界にいる人にとって、彼らとの接触は避けられなかったのではないと思いますが、そんなとき、「春節とは旧暦のお正月である」と聞いたことはありませんか?

その理由は、中国や韓国の人々は、いまだに旧暦を生活に取り入れているからです。

とはいえ、我々日本人にとってはほとんど縁のないこの古いルールを、なぜいまだに菅原道真に関わるテーマでは登場するのでしょうか?

それには、縁日という神社仏閣では切っても切り離せないしきたりに関係があるのです。

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毎月25日は学問の神様・菅原道真の縁日です!?

菅原道真の誕生日は6月25日ではない!?

縁日(えんにち)といえば、神社やお寺さんで行われる夏祭とか、季節のお祭りといったイメージがあるのではないでしょうか?

では、縁日とはそもそもどんな日かというと、神様自身におこった何らかの出来事にゆかりのあった日であり、それをお祝いするといった意味があります。

ちなみに、菅原道真公の縁日は25日です。

縁日とは
神様がこの浮世に降臨した日、神になった日、つまり、そういう出来事に縁のある有縁(うえん)の日のことを縁日といって皆で祝うしきたりのこと。
 
縁日にはたくさんの人が神社仏閣に参拝に来て、めあての神様や仏様にご挨拶をします。
 
そのたくさんの人を楽しませるために、所狭しと屋台が並び、私たちを楽しませてくれますよね!
 
たこ焼き、たい焼き、いか焼き、トウモロコシ、どれだけでも食べれちゃいそうです・・・( ´ ▽ ` )ノ
 
ではなく、菅原道真公の縁日についてなんですが、なぜ25日なのでしょうか?
 
菅原道真公の誕生日である6月25日、命日である2月25日に共通するのが25日だから、なんです。
 
6月25日も2月25日もどちらも旧暦です。
 
新暦でいうと、誕生日は8月1日、命日は3月26日ですが、1日と26日では、人々の印象に強く残ることはない、そんなところから25日が縁日になったのではないでしょうか。
 
とはいえ、「だれも25日といっても、旧暦じゃあないか!」とはいいません。
 
そんな野暮なことはいいません。
 
多少のズレはあるものの、毎月25日には菅原道真公を想い、受験生には1%でも合格の確率をアップしてほしいものですね!

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菅原道真の生誕地は3か所ある!?

吉祥院天満宮の「産湯の井」跡

菅原道真公の誕生日についてお話してきましたが、今度はどこでお生まれになったかについて少し。

実は、生誕地には諸説あって、以下の3か所が候補として挙げられます。

名称 所在地 由来
吉祥院天満宮 京都府京都市南区吉祥院政所町3
  • 菅公胞衣塚(胞衣(えな)=へその緒)
  • 産湯の井跡
菅原院天満宮神社 京都府京都市上京区 下立売下ル堀松町406
  • 菅公御初湯の井
菅原天満宮 奈良県奈良市菅原町518
  • 産湯池

吉祥院天満宮には、産湯の井戸跡があって、そこでカットしたへその緒を納めた塚まであります。

菅原院天満宮神社にも同じく産湯の井戸があります。

菅原天満宮の100mほど離れた場所には、道真公の母君が故郷・菅原の地で里帰り出産をした場所とされています。

まあ・・、いずれも甲乙つけがたいと言いますか。

いずれも生誕地としてあり得そうなのですが、総合的にみていくと、吉祥院天満宮が一番可能性が高いのかと思われます。

根拠として、吉祥院天満宮社伝という書物に、菅原道真が承和12年6月25日(西暦845年8月1日)に吉祥院天満宮の地で生まれたという記述が挙げられます。

 

「菅原道真の生誕地は3か所ある!?」

とは、キャッチーなタイトルでしたが、可能性の高さで言えば、以下の通りです。

◎吉祥院天満宮 > 〇菅原院天満宮神社 > △奈良の菅原天満宮

3か所とも古くから信仰を集める天満宮ですし、もし道真公生誕の地ということに価値を感じる方がいれば、どこにお参りでも問題ないんじゃないでしょうか。

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菅原道真の誕生日まとめ

菅原道真公の誕生日は、旧暦では6月25日、新暦では8月1日です。

  • 旧暦(承和)12年6月25日
  • 新暦(西暦)845年8月1日

となります。

そして、多くの天満宮では、菅原道真公の縁日を25日として扱っていて、世間でもそのことに関してだれも不思議に感じている人はいません。

旧暦だろうが、新暦だろうが、たくさんの人が信じて手を合わせてきた「25日」の歴史こそが、「学業成就」「合格祈願」の奇跡を起こしているのかも知れません。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

(株)合格

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